大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)63号 判決 1961年8月18日

控訴人 堀内千代次 外一名

被控訴人 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人は控訴人等に対し金五百万円及びこれに対する昭和三十四年十一月三日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認容は、控訴代理人において

「一、原判決二枚目表八行目中「公正証書に基く強制」の次に「競売が同年十一月二日実施されたその」と挿入し、同行中「競売の調書謄本」とあるを「競売調書謄本」と訂正し、同行最下段より次行に跨り「中第二葉の競売条件を記載した部分を取り外したもの」とあるを削除する。

二、木付執行吏は本件伐倒木について処分禁止の仮処分が執行され、訴外沢田安吉の占有が解かれ林執行吏の保管となつていた物件であつたのに故意過失により強制執行をなした。その競売調書に条件を附している故意過失がある。すなわち競売調書(甲第一号証の十七)に「熊本地方裁判所昭和三十二年(ヨ)第一六七号申請人国、被申請人沢田安吉に対する仮処分がなされおるもその仮処分地域外であることを債権者及債務者は言明し競売せられん事を迫りたるを以て競売するものであるが万一本件物件が仮処分地域内にある事が後日判明しても本職は競買人に対して損害賠償等の責任は全然負わないこと」と記載しているけれども、国家の執行機関たる執行吏が競売する以上かかる無責任な処分は認容さるべきでない。競売調書に条件をつけて競売したことは許さるべきでない。

三、執行吏は強制執行してはならない伐倒木に対し競売をなし、競売調書を作成し、その謄本を競買人竹智三郎に交付したが、この行為は一聯の執行行為の一部であり、国家賠償法第一条の「その職務を行うについて」に該当する。すなわち控訴人は右調書謄本により損害を受けたものであり、執行行為と損害とは因果関係がある。

四、木付執行吏は競売調書を作り、その謄本を競買人に交付すれば、木材業者であり且つ競売を迫つた竹智三郎であるから、直ちに第三者に転売する、国は直ちに第三者からこれを取戻す措置をする、結局第三者は損害を蒙るこのようにその損害発生を予見し、また予見することを得べかりし実情にあつたのである。」

と陳述し、証拠として甲第七号証を提出し、当審証人堀内千代一の証言を援用し、被控訴代理人において控訴人等の右主張事実を否認し、右甲号証の成立を認めた外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

訴外債権者竹智三郎、同債務者甲斐寛志間の金銭消費貸借契約公正証書に基く強制執行により熊本地方裁判所執行吏木付四郎が昭和三十二年十一月二日檜伐倒木を競売し、右竹智が代金五百六十万円で競落し、同年十一月九日控訴人両名は共同して控訴人千代次を買受名義人として右竹智より右物件を代金七百七十万円で買受け、同月十一日内金五百万円を竹智に支払つたこと、競売物件は競売当時右甲斐の所有ではなく、国の所有であつたこと、以上はいづれも当事者間に争がなく、成立に争のない乙第二、三号証と原審における控訴人堀内米蔵本人尋問の結果によれば、その後竹智三郎は控訴人等に対し右五百万円を返済することを約したが、これを実行せず、また同人に対する強制執行もその目的を達せず、このため控訴人等は金五百万円の損害を蒙つたことが認められる。

よつて右損害が執行吏木付四郎の職務を行うについての有責違法な行為に因つて生じたものであるかどうかについて判断する。

一、成立に争のない甲第一号証の三、六及び十七、原本の存在及びその成立につき争のない甲第二号証の一ないし四、成立に争のない甲第三号証の一、同第六号証の一、当審並に原審証人堀内千代一、原審証人菅室元平の証言の各一部、原審証人木付四郎の証言、原審における控訴本人堀内米蔵尋問の結果の一部を綜合すれば次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

本件檜伐倒木は訴外沢田安吉が昭和三十二年九月二十日頃から伐採したものを訴外甲斐寛志が訴外石原某から代金千百万円で買受け、内金四百万円を支払つていたところ、この伐倒木は国有林から切出したものであり、国有林の払下げ手続が未了であることが判つたので、甲斐は右売買契約を解除し、既に支払つた代金返済債務の代物弁済として右伐倒木の引渡を受けた。然るに甲斐は訴外竹智三郎から右買受資金の一部を立替えて貰つていたので、これが返済のため右伐倒木を竹智に引渡すことになつたが、既に国の所有であることが判つていたので、情を知つている竹智と通謀し、所有権の取得を確実にする方便として竹智から甲斐に対する強制執行によつてこれを竹智に取得させることゝし、竹智は同年十月二十日熊本地方裁判所執行吏木付四郎に対しこれを球磨郡五木村上小鶴一五七二番二所在甲斐所有の檜伐倒木としてこれに対する強制執行を委任した。そこで情を知らない同執行吏はこの委任に基き同月二十六日債権者債務者等と共に現地に赴き債権者の指示する同地番の山林の間伐地域の東北端二ケ所にあつた檜伐倒木七千石(石数は債権者債務者の説明が七千石に一致したので、これをそのまゝ調書に記載した)を差押え、ついで同年十一月二日競売を実施した。同執行吏は右差押については債務者が協力的であり、また現場に赴く途中仮処分の公示札が立てられていたが、現場とは二千米位離れていたので本件物件が債務者の所有であることについては疑をさしはさまなかつたけれども、競売施行の前日同裁判所書記官について仮処分の有無をただしたところ、書記官は仮処分になつているかもしれないと告げた。そこで執行吏は差押物件が仮処分執行の対象であるとは思わなかつたけれども、念のため競売現場において「差押物件が仮処分の対象となつている疑がなくもないが、債権者債務者がそうでないと言い債権者が競売を迫るので競売する、万一後日仮処分物件であつても本職は競買人に対し責任を負わない旨」を表明したところ、他の競買希望者は全部手を引き、債権者竹智がこれを競落した。そこで執行吏は競売調書に控訴人等主張のような注意の文言(前記事実摘示二中括弧内の文言)を挿入した競売調書を作り、その謄本を竹智に交付した。竹智は人を介して競買物件の買受方を控訴人堀内米蔵にすゝめた。控訴人米蔵は従来競買物件を買つて失敗したことがなかつたので木材業を営む二男千代次と共にこれを買受けることとし、同年十一月七日頃相携えて現地を見分し、その材積を約五千石と見積り、翌々九日竹智と売買契約を結び、翌十日現場で引渡を受けた。控訴人等は同月十三日人夫を現場に派したところ、そのうちの一人が仮処分の公示札を見つけ、国の所有であると書いてある、という報告をしたので、控訴人等は驚いて熊本営林局に赴いて係員に事情をただしたところ、国有林の伐木であつて、控訴人等が竹智より買受くる際示された競売調書の謄本は前記執行吏の注意書部分の記載を含む後の一枚が外されていたことが判明した。

二、執行吏木付四郎の執行行為の違法性の有無とその責任。

(イ)  控訴人等が本件伐倒木の買受けにより損害を蒙つたとすれば、それは竹智三郎及び甲斐寛志の通謀による不正行為に因るものであることは前叙に照らし疑がないが、控訴人等の主張するような、「執行吏木付四郎が右伐倒木が国の所有であり、竹智等が通謀して強制競売の形式によりその所有権を竹智に取得させんと意図していたことを知つていた」という証拠は何等存しないし、且このような事情を知り得べかりし状態にあつたことを認めるに足る確証がないばかりでなく、前認定事実によれば、かかる状態にあつたとは、とうてい認め難い。

(ロ)  執達吏規則第十条によれば執行吏が委任を受けるときは正当の理由がなければこれを拒むことができない旨を規定している。執行吏はその職務の執行に当つては慎重を期すべきは勿論であるけれども、強制執行の性質及びその実効性の見地からすれば、常に必しも競売物件が債務者の所有に属することにつき万全の確信がなければこれを競売に付することはできないというような職務規律があるわけではなく、その所有権の帰属について多少の疑念があつても一応債務者の所有であると認められ、執行委任者が執行の続行を要請するときは自己の所信に基いて競売を実施すべきであつて、本件において木付四郎が競売物件の帰属について多少の懸念を抱き債務者の所有であるとして競売するに若干躊躇したが、債権者において競売を迫り、債務者も自己の所有であると主張するので、前叙のような注意を競買希望者に伝達し、自己の判断に基き競売を実施したのであつて、同人の右処置は違法とはいえない。

(ハ)  本件物件の昭和三十三年六月二十八日現在における評価が二千六十石、百三十一万二千五百円であることは乙第一号証に徴しこれを認めうるけれども、右の数量は競売後八ケ月弱の日時を経過した後であつて競売当時の材積が二千六十石であつたかどうかは必しも明確でなく、前叙のとおり控訴人等が竹智よりこれを買受けた当時控訴人等はこれを約五千石位と見積つたというのであるから、執行吏がこれを七千石として競売に付したことは違法といえない。また動産の競売に際しては高価物を除いては必しも鑑定人をしてその評価をさせることが要請されてはいないから、高価物とはいえない本件木材の競売において執行吏が鑑定人に鑑定させなかつたからといつて違法であるとはいえない。

(ニ)  原審証人木付四郎の証言によれば、同執行吏は競買人から競買代金の現実の交付を受けなかつたが、競売代金と債権者竹智三郎の債務者甲斐寛志に対する債権を対等額で相殺する合意が債権者債務者間になされたので、これにより競売代金の支払があつたものとして領収書を発行したことが認められ、他に配当要求等があつた事実が認められない本件競売において原審証人木付四郎の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証の十五、十六によれば友井健太、石原又次郎より配当要求の申立があつたが、後に取下げられた。執行吏が右のような措置をとつたことは違法ではない。

(ホ)  競売調書に控訴人等主張のような注意を挿入し、その謄本を交付した執行吏の所置は何等非難さるべき点はなく、全く違法性を欠いている。

(へ) 前叙のとおり控訴人等が蒙つた損害は甲斐寛志と竹智三郎の共同不法行為に因り生じたものであつて、これと木付執行吏の職務行為が協同又は競合し、これによつて生じたものであるとなす道理はない。また木付執行吏の前叙執行行為と、右甲斐、竹智の共同不法行為乃至控訴人等の損害との間に相当因果関係の認められないことはいうまでもない。

(ト)  これを要するに執行吏木付四郎が本件競売を実施するに当り違法な所為があつたこと、故意又は過失があつたこと、同人の職務執行に因り損害が生じたことを認めうる資料ないし事実はない。

よつて本訴請求を棄却した原判決は結局正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用は控訴人等に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村平四郎 丹生義孝 岩崎光次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例